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アントニオ猪木の直弟子たち


【表について】
本当は、あと数人いますが、疲れてしまったので。
あと、完全に正確かと言われたら、自信はありません。

表を見ると、

1984年を境にして、
「緑の部分=在籍期間」が上下に分かれています。

このことから
1984年は、1つの「転換期」だと言えるでしょう。

この1972年~1983年までの期間を、
自分は、「ストロングスタイル黄金期」と呼んでいます。


特に充実の80年代初頭は、

自分は、小学生で、
アントニオ猪木=世界最強」を信じて、
月曜日から土曜日、小学校に通っていた時代でした。

ストロングスタイル黄金期」の最終年=1983年は、
第1回「IWGP」開催の年で、

ハルク・ホーガンと決勝で闘い、
アントニオ猪木がKO失神負けする年です。


それはさておき、

アントニオ猪木の直弟子」は誰か?


今回は、
旗揚げから5年目(1972年~1977年)までに入団。
過去の言動から「A猪木」に対する「リスペクト」を感じたレスラーを選びました。

藤波辰爾
「小林邦明」
藤原喜明
長州力
佐山聡
前田日明
ヒロ斎藤



藤波辰爾」=
旗揚げメンバー。
一度も離脱することなく、
レスラーとして、19歳~42歳の26年間を猪木と共に過ごしました。

対猪木シングル通算成績0勝6敗1引

【ベスト師弟対決】
1988年8月8日IWGP王者藤波で挑戦者猪木の60分フルタイムの防衛戦。
(猪木=45、藤波=35)



「小林邦明」=
猪木信者のイメージは、ありませんでしたが、
何か読み物を読んでいるときに「猪木信者」だと知りました。
1972年に「16歳で入門」=猪木への強い憧れを感じます。

対猪木シングル戦 なし



藤原喜明」=
年代的には、猪木の弟世代。
猪木のスパーリングパートナーを長くつとめた。
おそらく世界で一番の猪木信者。

対猪木シングル通算成績0勝4敗

【ベスト師弟対決】
1995年「イノキファイナルカウントダウン」第4弾での師弟対決。
(猪木=52、藤原=46)



長州力」=
新日本プロレスが軌道にのりだした1974年に入団。
1984年に離脱するも、1987年に復帰し、猪木と激闘を繰り返した。
シングル戦で、唯一猪木からピンフォール勝ちしている弟子。

対猪木シングル通算成績3勝9敗

【ベスト師弟対決】
1988年7月22日IWGP王座挑戦決定リーグ公式戦。
(猪木=45、長州=37)



佐山聡」=
「猪木イズムの結晶」=「タイガーマスク」として、
80年初頭の黄金期を支えました。
83年に離脱するも、「ストロングスタイル」への想いはやまず。

対猪木シングル通算成績0勝1敗

【ベスト師弟対決】
1997年「イノキファイナルカウントダウン」第7弾での師弟対決。
(猪木=54、佐山=40)



前田日明」=
猪木が提唱する「ストロングスタイル」を証明するため、
格闘技路線を継承した、猪木も認める一番弟子。

対猪木シングル通算成績0勝1敗

【ベスト師弟対決】
1983年第1回IWGP決勝リーグ公式戦。
(猪木=40、前田=24)



ヒロ斎藤
小林邦明同様に、
猪木信者のイメージは、ありませんでしたが、
何か読み物を読んでいるときに「猪木信者」だと知りました。

対猪木シングル戦 なし